SR(Social Responsibility) って何だろう

CSR という著名なキーワードから、C を取ると新しい社会的責任の考え方が見えてきます

SR (Social Responsibility) とは

SR (Social Responsibility)とは、社会的責任のことであり、従来の CSR (Company Social Responsibility) から、C(Company)を取り除いた CSR を拡大して社会的責任を果たしていくという新しい概念のことです。

CSR では、主に企業が主体となり、企業も社会の一市民として、社会的責任を果たしていこうというものでした。

しかし、昨今の従業員による不適切な動画投稿や倫理観にかける行動は、企業の社会的責任ではなく、従業員自身の個人的な社会的責任の範疇であり、会社の経営層のみならず、従業員一人一人にも、社会の一員としての規律のある行動を促す必要が出てきました。

さらには、一般消費者においても、企業がビニール袋やプラスチックストローの廃止を決めたとしても、一般消費者のレベルで、コンビニエンスストアなどで見られるような「袋いりません」という行動やプラスチックストローを使わないで飲み物を飲むなど、社会の一員として可能な限りできることをもっと拡大していくべきだとも言えます。

つまり、SR とは、地球上に存在する人間および自然人(企業などの法人)、そして各種任意団体や政府を全て含めて、各々が、個別またはパートナーシップを用いて社会的責任を果たしていこうという概念となります。

SR における善意と悪意

SR における善意

SR における善意とは、善意の拡大のことです。

例えば、上述のコンビニエンスストアなどで、ビニール袋を不要として受け取らない行為であったり、CO2 を削減するため、化石燃料を使用する移動手段ではなく、自転車などで移動をするなど、一般的に善意で行われている行動を、より増やしていこうという考え方です。

SR における悪意

SR における悪意とは、悪意の縮小のことです。

例えば、上述の従業員による不適切な行動および動画投稿であったり、自称 YouTuber による同様の行為は、悪意以外の何物でもなく、社会の市民としての自覚さえあれば抑制できる行為であり、社会的責任を排除した行動です。こうした悪意のある行動を少しでも減らしていこうというのが、SR における悪意の捉え方です。

SR の教育は、社会にしかできない

SR における教育は、社会が行うものです。

教育というと、学校という教育機関に任せるイメージが日本では強いのですが、社会の一員としての認識を持たせ、社会的責任を果たしていく行動自体は、社会全体が教える立場となります。

具体的には、家族・友人・会社・その他、その人間や会社などの法人、団体などに影響を及ぼす可能性があるもの同士、すなわち「社会」が、一方的ではなく、相互に教育し合うことにより、SR の認知が広まり、SR の達成へ導かれていくのです。

「愛の反対語は、無関心」という言葉があるように、自分以外の何かに無関心になればなるほど、SR の達成も遅くなり、挙げ句の果てには悪意の後、逮捕・勾留・懲役刑などの社会的な罰則を受ける結果になり兼ねません。

まず、SR を教える場としては、身近な家族や友人のレベルではじめ、当然、1 日 8 時間もいる会社も、こうした教育をしていくことも、SR つまり社会的責任の一環とも言えます。